「戦士の休日」と題して、戦うアスリートのOFFの時の素顔、本音トークを、HATOMIがリポート!
不定期にお届けするので、check忘れずに!!
Vol.6 サッカー日本代表・ガンバ大阪所属 宮本恒靖 選手
今、日本中でもっとも熱い戦士。
それは間違いなくコロシアムで闘いを終えたばかりの、ワールドカップ日本代表の23人の戦士だろう。
勝利の余韻に酔いしれ、突然の敗北の悔しさに地団駄を踏んだ。
勝利の条件を具有していた戦士たちは、決勝トーナメント・トルコ戦の試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、涙がこぼれないよう空を見上げた。
梅雨時期の雲居は鈍色で、スッキリ気持ち良く泣けなかったことだろう。
戦士たちの涙。
90分のバトル中は、足を掛けられた相手選手に口を開け威嚇し、「この野郎!」とでも言いそうなジャスチャア。
そんな頼もしい戦士たちの涙を見たら、自ずともらい泣きしてしまうというもの。
日本中が狂気乱舞し、敗北に泣いた。
「プレイヤーとしてシビれた瞬間は、ロシア戦の勝った瞬間。あれはほんま嬉しかった。でも、日本中がどんどんフィーバーしていく様子をテレビで見たり、北の丸からのバスで見たりした時には、自分達が「ムーヴメント」の中心にいるっていう、誇りをみんなかみしめていたんじゃないかな」
ベルギー戦直前の練習で鼻を折り、フェイスガードを付けたことから、英国のメディアからは「バットマン」と呼ばれ、日本でも一大旋風を巻き起こしたキャプテン、宮本恒靖選手が語ってくれた。
誰もが知りたい、聞きたい、ワールドカップのすべてを。
まずは鼻をケガした時の状況から教えてください。
「30分ハーフの試合で後半から出て、俺は真ん中をやってて、右に隆三(森岡)、左にハットさん(服部)がいてやってたのかな。15分ぐらい過ぎて、隆三に(右を)「代われ」って言われて代わった二分後ぐらいにヘディングの競り合いをしたんです。いつもなら助走を付けてジャンプしていくようなボールだったけど、競る相手の選手の背もそんなになかったし、普通にジャンプしたら相手の肘が入ってしまって・・・」
その瞬間は自分の中で、W杯が遠のく感じはあったんですか?
「それはあまりなかったですね。鼻を折った事でプレーがでけへんようになるとは思ってなかったし、ドクターと監督の間で「6月2日に合流できればいいか」みたいな話になってたみたいなんですけど、試合前の練習の中でクロスが入って、それをクリアする練習をする時に「お前は外れろ」ってトルシエから言われて、でも頭から出たいって思ってたから「やっぱりそれは厳しいのかな」って思ったりもしましたね」
実際のプレーの中で、フェイスガードをしてる事によって、ハンデになる事とかありましたか?
「具体的に上にあがった高いボールが、一瞬見えにくいのもありましたし、下のボールに関しては間接視野というか、しっかりと前を見て、ボールを見てと、時間がかかるような時もありました」
でも、あのフェイスガードが、あれだけ話題になるとは思わなかったのでは?
「ベルギー戦が終わった後に、周りの奴に「あのマスク、明日には絶対日本で五人ぐらいはやってるだろうな」なんて言われたりしたけど(笑)・・・試合の後にハワイに行って、そこでも言われましたからね。ワールドカップというか、ワールドワイドというか(笑)」
トルコ戦で負けた後に、韓国の選手もつけてましたよね?
「同じ所が作ったということは聞いてなかったったんだけど、日本のドクターの所に韓国から問い合わせが来てるって聞いていたから、「そういうことだったんだ」って後につながりましたけど。これも日韓交流かなと(笑)」
今年はずっとスタメンだったけど、森岡選手の復帰と共にそのスタメンも微妙になってた感がありましたが、自分の中ではどのように考えていましたか?
「うーん、まあ自分は今年に入ってずっとやってきたっていう軸みたいなものもありましたし、隆三はケガあがりでコンディションを上げようと本人もやってただろうし、そういう中で去年の状況とは違うと思ってましたから、僕にもチャンスがあるだろうと、やっていましたけど」
そんな中で始まったご自身のW杯でしたが、ベルギー戦でアップしてた時に急に呼ばれた時は、心の準備が出来てたんでしょうか。
「最初サミア(コーチ)が走ってきて、ゲームの流れがコケてるのが分からないまま「もっとピッチ上げろ」って言われて、中の様子を見たら隆三が座り込んでたんで「ちょっとこれは厳しいかな」って。ちょっと時間はあって、そんな突然入った訳じゃないんで、心の準備は出来てましたよ」
交代した途端の失点。あの後、自分の中での精神状態はどんなものだったんでしょうか。
「2−1から引き離された訳やから、もったいないというか、ショックみたいなものはありましたけど、2−3にされるのは一番嫌やったから、まあそこでうまく気持ちの切り替えはしましたね」
あの時間で、雰囲気の中にはうまく入れてたんでしょうか。
「えーっと、失点食らう前ぐらいから、ちょっと落ち着いてできてたと思いますけど・・・」
ベルギー戦のスタメン発表は当日だったんですか?
「そうですね。でも、前日の埼玉スタジアムで練習した後、ロッカーに引き上げて着替えてる時にトルシエと話す機会があって、「まあ普通だったら明日のスタートはないから」って言われてたんで、自分としてはあの状況で、ベルギーっていう背の高いチームだったんで、「ないだろうな」とは思ってましたけど」
そんな中で、やはり今までの試合と心境は違いました?
「そんなに違わなかったんですけど、バスから周りの状況を見たら、ちょっと普段とは違うんだな・・・っていうのはありましたけど。それまでは、「今までのキリンカップと変わらへんやんな」なんて北の丸(宿舎)でみんなで話してたし」
ロシア戦での運動量は常識を越えるものだったと思いますが、その後の試合の体の反応はどうでした?
「僕はロシア戦は体が軽くて、疲労はなかったですね」
(トルコ戦に負けたのは)一次リーグを突破して、その満足感が影響したからだと思いますか?
「一瞬、ホッとしたかもしれないですけど、それで満足してしまうような選手達ではなかったと思うし、先に失点されてゲーム・プランが狂ったのが影響してしまったのもあると思いますね」
ロシア戦からキャプテンを任されましたが、その充実感はどんなものだったのでしょうか。
「リーダーの仕事をしてくれる選手は、他にもそれぞれいたから、さほど僕の仕事が大きかった訳じゃないんだけど、キャプテンとしてピッチに立っ]ている限り、どんな場面でもチームを叱咤激励しなきゃいけないと思っていたし、プレーで示す事も努力しました」
宮本選手にとって4つ目の世界大会、ワールドカップをどうとらえていましたか?
「ベルギー戦途中で入った時、緊張感や重圧感で息が苦しくなるぐらいだったから、まあ今までの世界大会より更にプレッシャーがかかるものだなあ・・・と思いましたね。それにホームでやったという事も、負けられないってプレッシャーにもなりましたね」
鼻の恐怖心みたいなものは、最後まであったんでしょうか?
「ロシア戦の時に当たったんで、「また折れたかな?」って思ったんですけど、チュニジア戦が終わったぐらいからは、もうそんなに怖くはなかったですね」
あのマスクをした宮本選手は、バットマンと言われてましたが。
「最初、曽ケ端に教えてもらったんですけど・・・うーん、バットマン・・・(少し物憂げに)最初作った時はみんなで「マスク・オブ・ゾロや」なんて言ってたんですけどね(笑)ちょっと意外でしたけど、当事者なのに第三者的に見てましたからねぇ」
W杯が終わって、また新しい4年が始まったと思うのですが。
「ワールドカップにまた出たいと思いますね。今回が素晴らしい大会だったと思うので。でも、そのワールドカップの4年というよりも、現役生活がそんなに長く残されてる訳でもないと思うから、一日一日、一年を大事にしたいという事かな。それが将来につながると思います」
W杯での経験を、Jリーグにつなげたいと思いますか?
「そうですね。まあ色々、プレーの面でやってみたい事もありますからね」
たとえば?
「ガンバでは3バックをやる可能性がありますから、そこでもっと運動量を増やして、守備から攻撃とか、どんどんゲームにも絡んでいきたいと思いますし、その辺は判断が難しいから慎重にしなきゃいけないんですけど・・・」
W杯の影響で、関西でのサッカー人気に火が点いたと思いますか?
「残念ながら今まではなかったけど、チュニジア戦のあとの長居での様子を見てたら、燃え上がるような熱狂は大阪人の凄さだと思うし、一回火がついたら人気が出ると思いますよ。根強い阪神ファンもいますからね(笑)」
やはり海外でのプレーは視野に入れているんでしょうか。
「当分はJリーグでやっていく事になるけど、新しい厳しい環境でまた違う伸び方もあるかなって思います。その難しさもありますからね。そういう話があれば、慎重に決めたいとは思っていますよ」
やはり、以前より海外移籍の希望は強まってるのでしょうか。
「(以前海外移籍が決まりかけた際に)行ってみることを考えてたんですけど、今思うのはきちんとプレーできるクラブを、もし行くなら選ぶのが大事なんじゃないかと思っています」
(ほぼ就任と言われている)ジーコについては?
「もう決まったんですか?・・・・(しばしの沈黙の後)鹿島の選手からいつも、ジーコの影響力の大きさは聞いてます。ジーコの現役時代のプレーは生で見た事はないんですけど、日本のメンタリティを知ってるとか、アドバンテージはすごくあると思うんで、その辺はいいんじゃないですか」
やはりピッチで見せる、冷静沈着な宮本選手がそこにいた。
時折、笑顔はあったものの、落ち着いている佇まいから発せられる、質問に対しての回答は、僕に優等生を感じさせた。
僕はどんな事にも動じない自信がある。
昔からそうだった。
でも、あの緑のピッチという名のコロシアムには、一度立ってみたいものだ。
あんな冷静な宮本選手でさえ、「グラディエーター」にさせてしまうあの芝の上でプレーをしたら、冷静であろうこの僕も相手チームのゴールを狙う、貪欲な「ハンター」にならないとは、決して断言できないから。
| 取材&構成 |
: |
羽富敏彦 |
| カメラ |
: |
森田圭祐 |
| 協力 |
: |
ガンバ大阪 |
プレゼントのお知らせ
今回、「Sports Column〜戦士の休日」に登場してくれた宮本恒靖選手の直筆サイン入り、「FIFA 2002 ワールドカップ・ペットボトルホルダー」を、抽選で二名様にプレゼントします。 応募はE-Mailにて、下記の要項を記入してお送りください。 |
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宮本恒靖 (みやもと つねやす)
1977年2月7日 大阪府・富田林市出身。
大阪伏山台小学校5年からサッカーを始め、金剛中卒業後、92年にガンバ大阪ユース第一期生で入団。
95年2月にトップチームとプロ契約を結ぶ。
93年U-17世界選手権、97年U-20ワールドユース、98年アジア大会、00年シドニー五輪ベスト8などの各世代の国際大会に出場。
A代表は、00年6月18日キリン杯ボリビア戦でデビュー。
Jリーグ通算173試合、Aマッチ通算16試合出場。
今回のワールドカップでは、ベルギー戦から途中出場し、以降すべての試合に出場する。フラット3の要として、日本の勝利に多大な貢献を果たした。
身長176cm、体重70kg。 |
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